◇・エデンの光と影・◇~6~

 

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「まさか……俺達以外で誰かいるのか?」

 教高神はそう言いながら立ち上がると、その端正な面持ちに不似合いなシワを、くっきりと眉間に刻ませた。

 目を細め、コトコが指で示したその方向へと目を向けたが、目の前に広がる色とりどりの花畑を見ても、緑の丘を見ても、植物園の周りに美しく植えられた木々の歩道に目を凝らしても、その目には誰も映らなかい。

 目に見えぬ者への苛立ちで、眉間のシワが更に深くなっていくー

 自分の所有するこの植物園に足を踏み入れる事は、コトコ以外の天使は全て禁じていて、コトコもその事を知っている筈。だと言うのに、堂々と部外者を入れた。

そんなコトコに対し、教高神の怒りが沸々と湧き上がってきた。

 「おい、まさかおまえ、俺との約束を破ってこの植物園に他の天使を入れたのか?…足を入れていいのはおまえだけだと言ってあるはずだが?!おいっ、聞いてるのか!」

 「え?」

 突然声を荒げた教高神に、コトコは驚き、訳が分からぬまま後ろを振り返ると、教高神は、まるでネメシス神の持つマグマの様な真っ赤なオーラをその体に漂わせていた。

 「あの…イリエ……君?」

 コトコは小さく名を呼び、肩を竦ませたじろぎながら、教高神の様子を不思議そうに見上げた。しかし教高神は口を開くこと無く、自分をじっと睨みつけている。

 「イリエ君…どうしたの?また綺麗なお顔の眉間に渓谷のようなシワが……」

「おまえ…人の話し聞いていなかったのか?」

「え?えと……」

コトコは暫くの間、眉をハの字に寄せ唸り始めた。

「違うよ!他の天使さんじゃないよ!ほらよく見てイリエ君、彼よ?」

「いい加減にしろ!なんで俺がお前の男なんか…ふざけるな!」

やがて教高神の怒りの原因に意味に気がついたのか、慌てて教高神の上白衣を引っ張り‘ほらほらっ’と植物園の一番奥を指差した。

「いいから、もっとよくみて!あっちのずーと奥にいるのよ。見える?」

「あ?」

勘違いだったとしても‘また怒らせてしまった’と、気が気でないコトコは、教高神の背後にパタパタを足音をたてて回りこみ、指をさした方向へと広い背中をぐいぐいと押した。

そして再び教高神と並び、手摺から身を乗り出して言った。

「イリエくん、天使さんじゃなくて、あの一番奥にいる、老樹の事よ?」

「は?」

コトコが指をさすその先にあるのは、教高神がここを管理する前から存在していた、この植物園の中でも主ともいえるほど大きくて太い、立派な老樹の事だった。

「彼ね、ちょっと最近体調が悪いらしくて…

私どうにかしてあげたくて、ここに来た時には必ず大丈夫?ってお話ししに行ってたの。

一昨日からね、ツタさんが倒れそうな彼に巻きついて、折れてしまいそうな枝とかを助けてくれてるんだけど、昨日の風すごかったでしょ?だから、もしかしたらって…

ねぇどうしよう、これから行ってきてもいい?あれ?」

クルンッと身体ごと振り返ると、自分を睨みつけていた教高神はいつの間にか自分の隣からこつ然と姿を消し、書庫の中央にある長椅子に長い脚を組んで座っていた。

分厚い本に視線を落とし、さっき怒っていた事などまるでなかったようなその姿…

コトコはあわてて教高神の目の前に走りより、胸の前で指をもじもじと動かしながら、躊躇いがちにポソポソと話しはじめた。

「あの…私・・・植物園に入らない方がいいかなぁ?迷惑ならもう…ここに…グスッ、もう来ないように…グスッ…するわ・・・ふぇ・・・ごめんな・・・グスッ・・・」

泣き声の混じった呟きを聞いていた教高神は、大きく溜息を付きながら本から視線を上げ、俯いているコトコの顔に自分の顔をグッと近付けた。

「紛らわしいい方するからだ。バカ」

「れも、イリエ君すごく怒って…ふぇ…ごめんなさ……い、グスッ…だから、もう……」

とうとう涙が溢れてしまったコトコのすぐ目の前にあるのは、とても綺麗で意地悪な笑顔―

コトコは泣きながらも赤面し、身体を硬直させた。

そんなコトコを楽しそうに見ながら、教高神はコトコの長い黒髪をクルクルと指に絡めて引っ張り、ニヤリと口角を上げた。

「お前だけなら植物園に入っても構わない、いいか、おまえだけならだ。それより…おまえがここ最近翼の抑制が以前より出来ない原因がわかった」

潤んでいた瞳をぱちくりと瞬かせたコトコは、驚きのあまり教高神の二の腕を掴むと大きく揺さぶり、大声を出してしまった。

「ええ!なんで?!どうして!!」

「うるさい!ばか!大きな声出すな!」

「ごめ…ん……なさ…」

「いいか、あの老樹そろそろ寿命なんだよ、俺がここに赴任した時にはもう弱ってた。でもずっと倒れないで必死に今を生きようとしている。だから手を出さずに最後まで見届けてやろうって…おい、聞いてるのか?」

コトコは視線を逸らす事無く、コクリと頷く。

「だからあの老樹…爺さんは、自分の力で最後まで生きていこうとしているんだ。 おまえは自覚がなくても植物達の傍に行くと勝手に力を与えて影響を及ぼしてしまう。あの爺さんにも与えていたんだ。でも爺さんの事を思うなら、遠くで見守ってやった方がいい」

唇を噛み、教高神の二の腕を掴んでいた指先にキュッと力を込めたコトコは、またコクリと頷いた。

「最近おまえの翼がすぐに出るのは、爺さんに与えた分だけ、自分の力が弱くなってたって事だ」

コトコは上白衣をしわくちゃになるほど握り締め、大粒の涙をポロポロと床に落とした。

「私…グスっ…余計な…事ばっかり、ふぇ…ごめん…余計な事…本当にごめんなさい…ひっく…」

教高神は不思議な色を放つコトコの天輪を見つめながら、大きな手の平でポンポンと小さな頭を軽く叩いた。そして何度目かの溜息を付くと、テラスの外へと視線を向けた。

「―ったく…見てみろ、葉があんなに光ってるのはおまえの力のおかげだぜ?それはそれで喜んでるんだからいいんじゃないのか?おいバカコ トコ、少しの間だけでもおまえと話が出来るんだ、爺さんは喜んでるさ」

「そうかな…ぁ」

「おまえと話してると本当に色々勉強になるよ。あれだけ冷血やら冷酷やら…影ではステンノとまで言われてた俺がおまえと出会って、同居し、もう5年だぜ?お前には学術以外の様々な事を学ばせてもらった。だから爺さんの事も赴任当時から理解できたんだ。好きにしろ。」

「え!じゃ、たまになら話ししてきてもいい?!ギュってしても平気かなぁ?」

涙でぐしゃぐしゃなになりながらも、笑みを浮かべたコトコの一言に、教高神は眉をピクリと動かし、再び眉間にシワを寄せた。

「……おまえいつもあの爺さんに抱きついてたのか?」

「うん!だって凄い大きいでしょ!一度で全部ギュって出来ないから、お話しながらクルクル回ってギュウ~って♪老樹さんも喜んでくれてるの!…ん?…イリエ君?」

「………コトコ、珈琲を。おまえのいつものブレンドで。」

突然低くなった、教高神の声色。コトコはきょとんとして、首を傾げた。

「うん…淹れるね……イリエ君?…どうしたの?」

「なんでもない、今すぐ飲みたくなったんだ。あと、おまえやっぱりあの爺さんに近づくの禁止な。遠くから見るだけにしろ、話すなら離れて話せ。」

「え~~~~!いいって言ってくれたのに~!」

「訂正する。その話はこれで終わりだ。今すぐに珈琲淹れてくれ、後で俺もおまえから力返してもらわなきゃいけないから、隣に座ってミルクでも飲んでろ!」

「は~い……イリエ君の意地悪…」

「何か言ったか?」

「………」

納得のいかないコトコは悩んで悩んで悩みながらも、壁際にある細かい彫刻の施された棚から豆とミルを取り出し、珈琲を入れる準備をはじめた…

 

 

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