◇・エデンの光と影・◇~9~

 

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当主イリエ・アティア・シゲキが居を構える敷地内で、東に位置する植物園の中央にある、シンプルながらも煌びやかな建物。シンプルといっても大理石でできているそれは、神天使の住まう豪奢な神殿造りの建物には勝てないまでも劣らない上品さがあった。
神学天使イリエとコトコの部屋は、大理石の通路で繋がれており、その通路の一角にある中庭では、コトコが愛情を注いでいる花畑が広がっている。

朝の優しい光や、爽やかな風が気持ちよく入り込む、等間隔に設置された開け放たれた大きな窓。蔓草模様が一枚一枚丁寧に彫られた木の扉が並ぶ、ルスキッサホワイトの大理石でできた広い廊下。

神学天使イリエは、心をザワザワと騒めかせ、眉間にしわを寄せながらその通路を歩き、見慣れたドアの前に立った。
しかし、ノックする事も声をかける事も出来ず、腕を組み、その部屋の前で行ったり来たりを繰り返している。

 

 

コトコが去っていった後、自室のソファーの上に寝転び、フレスコ画の描かれた天井をじっと見上げていた神学天使イリエは、瞼を閉じて大きな溜息を付いた。
先ほどのコトコの言動が頭から離れず、胸の奥のもやもやを消す事が出来ない。

自分の何がいけなかったというのか。
コトコから‘もういい’という言葉を聞き、これで明日から、朝の無駄な一時と神力を使わなくてもいいというのに、何故むきになってその言葉を素直に聞き入れなかったのか。
そして、何故、今ここに来たのか…
納得のいかない神学天使イリエは、再び溜息を付いた。

 

 

「コトコ、さっきは言い過ぎた…コトコ?」

何度も深呼吸を繰り返し、漸く声をかけたというのに、扉も開かれず返事も返って来ない。
自分の声の後に続いたのは、草木が風に吹かれる、まるでさざ波の様な葉音ばかり。
沈黙に耐えられなくなった神学天使イリエが、ドアをノックしようと拳を軽く握り、腕を上げたその時の事だった。ドアの向こう側から、泣き声の混ざった小さな呟きが、途切れ途切れ聞こえてきた。

「私って本当にバカ…グスッ、でも、なんて説明したらいいか分かんないんだもん。
身体が熱くなんて言えないよ…グスッ、どうしたらいいの?…もう分かんないよ。 本当は出ていきたくなんかない、イリエ君の事が大好きなんだもの…離れたくない、でもそれが迷惑なんだよね…お父さん、私どこに行ったらいいの?…またあそこに帰ってもいいのかなぁ?…ヒック」

ドアの前に立ったまま、神学天使イリエはその言葉の意味が理解できず、眉間にシワを寄せた。

(あいつ、俺の事そんな風に思ってたのか?なんだよそれ、バカバカしい。ただ一緒に住んでいるだけじゃないか。それに帰るってどこにだ?うちの他に天使界に知り合いがいてもおかしくはないが…それより、翼に触られるのが嫌だと?って事は、今まで嫌々だったって事だよな、ちっ、はっきりそう言えばよかったんだ。病気だっって分かってるなら早く医者に診せればいいのに。)

「開けるぞ!」

ドアが開くと同時に聞こえてきた、神学天使イリエの大きな声。
涙をぽろぽろと零し、半べそをかきながら、大きな袋にギュウギュウと身の回りの物を詰め込んでいたコトコは、いきなりの神学天使イリエの登場に目を見開いて驚き、ウサギの様に飛び跳ねてしまった。

「きゃあ!な、なによ!ちょっとイリエ君!女の子の部屋にいきなり入らないでよ!」

「何言ってんだ、子供のくせに。最初っから女として見てねーから安心しろ、それより…」

無関心を装って足早にコトコに近づいた神学天使イリエは、喚いているコトコを無視して手を伸ばすと、ヒョイッと抱き上げた。

余りにも突然過ぎる、神学天使イリエの訪問。そしてその腕の中で横抱きにされている自分。

その事に驚きと興奮と羞恥を隠せないコトコは、思考が付いていかずにパニックを起こし、バタバタと手足を動かした。
しかし、神学天使イリエは何事もなかったかのように歩を進ませ、籐で編み上げられた可愛らしい椅子にストンと座ると、その小さな顎を掴んだ。
否応なしに口を大きく開かせ、喉の奥を覗きこむ。

「ん~~んがぁ!あぐぅッ!んッ、何するのよ!放してよバカ~~~!///」

「さっきから人の事をバカバカ言いやがって…おいっ暴れるなって。声が外まで聞こえてきたんだ、おまえさ、病気なのか?だったら早く医師に…」

入ってきた時同様無表情だが、自分を心配して追いかけてきてくれたんだと気づいたコトコは、申し訳なさで思い切り眉を下げた。
眉間にうっすらとしわが寄っているが、端正な顔が徐々に近づいてきて、燃えてしまいそうな程頬が火照り、胸が苦しくて堪らない。
どこを見ていいのかも分からなくなったコトコは、目をきょろきょろと泳がせると、ぎゅうっと自分の白衣を握りしめ、上目遣いでぼそぼそと呟いた。

「違うもん、病気じゃないわ…だからもう私の事はほっといてよ」

「さっき言ってたじゃないか。誤魔化すんじゃない」

これ以上この状態でいたら、心臓がどうにかなってしまいそうだ。
コトコは必死で逃げようと足掻いたが、非力な手脚は神学天使イリエの腕力には到底敵わなかった。逃げる事が出来ないと観念すると、涙が溢れそうな瞳を何とか堪え、神学天使イリエを真っすぐ見つめた。

「イリエ君、もう私の事なんか気にしなくていいよ?これ以上迷惑かけない様に、すぐに出ていくわ。イリエ君の事忘れて、知らなかった頃の私に戻るの。本当に忘れるから…今までの事、ごめんなさい」

コトコの言葉に、やはり何か引っかかるものを感じる。頭の中で処理する事が出来ない。胸の奥で何かがチリチリと燻っている。今までそんな事など一度も経験した事など無かった神学天使イリエは、瞼を閉じ黙り込んだ。

「………」

「イリエ君?…」

先程まで、ぽんぽんと言い争うかの様に話していたのに、突然返事が返ってこなくなってしまった。その事を不審に思ったコトコは、可愛らしい唇を突き出して、そおっと窺うように覗き込んだ。

ころころと表情を変えるコトコとは対象に、身動きもせず、じっと沈黙を決めていた神学天使イリエは、ゆっくりと瞼を開けると腕の中のコトコを見下ろし、薄いその唇を開いた。

「ふーん、忘れるんだ、俺の事」

「うん…忘れる。天界は広いもの。イリエ君の事すぐに忘れて、また新しい生活を始めるの」

「なら忘れてみろよ」

 

 

「っ―――!」

 

目の前にゆっくりと降りてきた、神学天使イリエの端整な顔。

重なった唇。

伝わってきた温もり。

静止した時間。

今 自分の身に起きている事が信じられず、コトコの頭の中は真っ白な光に覆いつくされていた。

 

 

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“◇・エデンの光と影・◇~9~” への 2 件のフィードバック

  1. 更新待ってました〜!!
    あの最初のキスは、こんな風になったのですね(≧▽≦)
    キャーキャーしてしまいました笑
    こちらの無自覚イリエ君が、すでに若干甘めに思えて、コトコへの気持ちに気づいてからの甘さが、もうどうなっちゃうのか、楽しみすぎて悶ております!
    また次回の更新楽しみにしてます♡

    1. ゆるオズ様

      訪問有難う御座います!
      こんな感じで進んでいくオリジナルイタキスなのです^_^;
      無自覚過ぎてどうしようもない私のイリエ君www
      これから先もドタバタ展開ではございますが、また読んで頂けたら嬉しく思います♪
      まだまだではございますが、今後とも宜しくお願い致します!!!

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