◆エデンの光と影◆~10~

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イリエ・アティア・シゲキの妻、イリエ・チュス・ノリコがコトコに用意した部屋は、それはそれは可愛らしく、拘ったものだった。
足元に広がる床や整然と並んだ円柱は、華やかさと温かみを備えた淡紅色の大理石で統一され、高い天井には精緻なフレスコ画が隙間なく描かれており、花や動物達に囲まれて微笑んでいる美しい女神が、この部屋の主を見下ろしている。
大きな窓の窓枠には果物や花々の彫刻が細部まで凝って刻み込まれ、その窓の外にあるのは色とりどりの花々が存在する天使界でも一目置かれる庭園。
花の形に造形されたステンドグラスの小さな天窓からは、柔らかい天の光や澄んだ月光、星の瞬きが優しく室内へと降り注いでいる。
そして中央には、金の真鍮の枠組みから純白の帳が下りた、優美な鳥籠の様な天蓋付きの寝台が設置されていた。

そんな可愛らしい部屋の寝台に移動した神学天使イリエは、先程まで夢中になって貪っていた唇から目を離す事が出来ぬまま、クタリとのびているコトコを真っ白なリネンの上にそっと下ろした。

コトコの横に音を立てない様にぎしりと座り、ぷるんとした唇を親指の腹でなぞる。
指先から伝わる、例えようもない柔らかさと弾力。
己の理性を失わせた、甘美なる唾液。
耳にまで移動してきたような、煩いほどの鼓動。
一度も体験した事のない、欲する事を抑える事が出来なかった衝動。

そしてもう一つ、不思議な出来事が神学天使イリエの身に起きていた。
それは、コトコへと注いだはずの神力が、体中隅々まで満ち溢れているという事。

頭の中でグルグルと回り続ける疑問に答えを出せない自分がもどかしく、神学天使イリエは眉間に深いシワを刻み、顔を両掌で覆った。

二人のいる空間に訪れた、暫しの沈黙。
窓から洗練された風が静かに吹き込み、妖精の悪戯の様にコトコの頬をそっと優しく撫でそよいでいく。
その風に乗って、コトコの揺らされた髪から届けられる、甘い花の香。
顔を覆っていた両掌を膝の上に置いた神学天使イリエは、体を捻りコトコへと視線を移した。

月光をそのまま取り込んだような、まばゆい白い肌。
純白のリネンに広がる、艶やかな黒髪。
閉じた瞼に邪魔をされ、見る事の出来ない黒目がちな瞳。
聞く事の出来ない、鈴の音のような声。

「俺は一体…」

コトコの姿を目に映しても、ただの煩い同居人としか感じる事はなかったというのに、今の自分はどうだろう。
突然心に湧きあがった、締め付けられるような苦しさから逃れる事が出来ず、体内を駆け巡る熱い燻りに今にも燃え上がってしまいそうだった。

突然舞い降りてきた、答えの出せない幾つもの疑問に対して、心の中で悪態をつく。
頭がくらくらし、呼吸が苦しくて堪らない…

神学天使イリエがそんな思いに押し潰されそうになった時、リネンの上のコトコが小さく呻き、モゾモゾと動き始めた。

「あ、れ?わたし…」

ゆっくり起き上がったコトコは目を擦りながらそう小さく呟いた後、左右に首を振った。
そして自分のすぐ横に座っているのが神学天使イリエだと気が付くと、身体を硬直させ、耳まで真っ赤にして俯いた。

暫しの沈黙の後聞こえてきたのは、降り始めた雨の様な、途切れ途切れの小さな声。

「イリエ君、あの……その…///…」

「………」

神学天使イリエは、今の自分の顔を見られたくなくて、すっと顔を背けた。
喉まで出かかっている、もやついた感情を言葉にする事が出来ずに、膝を覆っている上白衣をグッと握りしめる。
それと同時に、いつもとは反対に自分よりも落ち着いて話すコトコにも苛だちを感じてしまい、また、先程自分が無理強いしてしまった事への気まずさも手伝って、謝る事どころか口を開く事もが出来ない。

「あ、あはは///び、びっくりしちゃった…//////」

「…………」

「本当に違うからね?私病気じゃないから。発熱もいつもの事で前からの事だし。自分で抑える方法も知ってるから気にしないで?本当に平気だから…
それと、あの///さっきのは//////私が病気だと思って神力分けてくれたんだよね?」

神学天使イリエは深く息を吸い込んだ後、眉間にシワを寄せたままゆっくり息を吐き、漸く口を開いた。

「ばか、どう考えても病気だろ?人間じゃないんだ。天使が発熱するなんてよっぽどの事、ちゃんと調べた方がいい」

 

―天使の病気―
それは神天界や天使界では、滅多に起きる事ではなかった。
魔空界人との戦いや接触、人界人からの感染で発症する事はまれにある事だが…

 

神学天使イリエはゆっくりと振り向き、俯いているコトコの真っ赤になっている項へと視線を向けながら、魔空界人や人界人に接触する事の無いコトコが、発熱する事はまず100%あり得ないだろうと結論づける。
「もしかして同居する前からの事なのだろうか?」とも考えたが、その時突然コトコが顔を上げ、神学天使イリエと視線を合わせた。

「イリエ君、わたし熱は出ても一回も学校休んでないでしょ?もし病気だったら学校行ってないと思うわ。ご飯だって沢山食べてるし、いっぱいお話ししてて沢山笑ってるもの。学校でもF組のみんなと楽しく遊んでるし…
ね?こんなに毎日元気なのに、どの辺が病気だっていうの?見て分かるでしょう?」

「ああ、ビックリするくらい大食らいで、お袋が嬉々としながら料理を…って、おまえ学校に勉強じゃなくて遊びに行ってるのか?」

「え?あ!違うわ!ちゃんとお勉強も…してるわよ!ははははは…」

「……おじさんに報告しておくよ。」

「だめ!それだけは内緒に…お願い!お父さんには心配させたくないのっ」

「まぁ…でも多分、俺が話さなくてもおじさんは理解していそうだけどな」

「そんなぁ…どうし……じゃなくて、もうっ!真面目に聞いてよ!!」

「くくくっ」

「わたしは本当に、毎日イリエ君に朝から迷惑かけてるの分かってるから言ってるのに!」

再びコトコがむくれだし始めた時、神学天使イリエはコトコの頭を大きな手の平でぽんぽんと軽く叩き、大きな溜め息をついた。

「それはさっきから何度も繰り返し言い合った事だろ?もう止めにしよう」

「でも、それじゃ気がすまないの」

「……なら…」

神学天使イリエは口角をあげ、思いっ切り意地悪そうに笑う。

「一つだけ俺の為になる方法があるんだが…聞いてくれるか?」

「うん!それで私がかける迷惑がいくらかでもおさまるのなら協力はおしまないわ!」

キラキラと大きな瞳を輝かせながら、コトコはガッツポーズをとった。
しかし神学天使イリエは、自分で言い出したにも関わらず、すぐには返事をする事が出来なかった。

ベッドから立ち上がり、寝台から離れて床をじっと見つめる。
考えに考え抜いて、結論を出した事ではあるのだが…

この行為を行えば、確かに自分の為にはなるが、される方のコトコの気持ちはどうなのか。
まだ十六歳とはいえコトコも女の子だ、これから現れるであろう運命の相手とする事。その行為を強要するのは可哀そうではないのか。

それよりもなによりも、この言葉を伝えてしまったら、自分の方が後戻りが出来なくなる気がしてならない…

「イリエ君?どうしたの?大丈夫??」

寝台の上から聞こえる、コトコの心配そうな声。
じっと無言を決めていた神学天使イリエだったが、やがて真面目な顔でコトコと視線を合わせた。

「さっき…俺、おまえと唇合わせただろ?」

「うん…///」

上げていた腕を下ろし、真っ赤になって俯くコトコ。

「あれで一気に体が軽くなって、神力が戻ったんだ」

「///なんで?///」

「俺だってわからない。それで…いいかコトコ、落ち着いて聞くんだぞ?」

コトコは顔を上げると、長い髪を揺らしながら首を傾げた。

「俺がおまえのその病気の原因を突き止めて、治してやる。 だから治療法が見つかるまで、その不思議な力を…おまえがいいと言えばなんだが…その行為を続けてもいいか?」

「こ、行為…///って///」

そう言いながらも、何故コトコの病気の事がこんなにも気になるのか全く検討がつかない。
今まで何に対して関心もなく、知識だけを得、自分以外の人物などどうでもよかったというのに。

「聞こえてるか?」

「う…ん…///」

真面目ぶって正当な理由をつけ話してはいるが、理由はもう一つあった。
心の奥にひっそりと隠したが、神学天使イリエは何故かコトコを自分の傍から放したくなかったのである。

「返事、今すぐでなくてもいいから…」

神学天使イリエがそう言いながら振り返ろうとした時、小さな足音が近づいてきた。
自分のすぐ後ろで止まったかと思うと、背中にこつんとコトコの頭が当たる。

「なんだよ」

コトコは額を広い背中に当てたまま、ぽそぽそと話し始めた。

「ねぇイリエ君、じゃあさっきのは…あの……キ、キス///…とは違うの?」

どくんと高鳴る神学天使イリエの鼓動。
「まさか俺が?こいつと?」と思い切りコトコの言葉を心の中で打ち消す。

「はァ?……バカ!俺の話しちゃんと聞いてたか?」

「そっか…そうよね、ごめんなさい、変な事聞いちゃって」

「ああ、当たり前だ、色気も無いガキが何考えてんだよ…ったく。おいっ、これからも翼はおさめてやる、遠慮しなくていい。さっき言った方法で神力は返してもらうからな。いいな」

「わかった。それでイリエ君が辛くなくなるのなら…出て行かなくてもいいし一緒にいられるもん!じゃあ~これからもお願いします」

背後から離れたコトコは、ぺコン―と頭を下げ、振り向く事の無い神学天使イリエに向かってホニャリと微笑んだ。

「ああ……。じゃあ俺は大院館に行って来るから…今日は…怒鳴って悪かったな」

それだけ言うと、数知神学天使は振り返る事もなく、部屋を出て行ってしまった。

「うん、いってらっしゃい…」

 

広い部屋にポツンと一人残されたコトコ。
手を振りながら微笑んでいるその瞳には、大粒の涙が溢れていた…

 

 

「ファーストキスだったのにな…」

 

 

 

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11~

“◆エデンの光と影◆~10~” への 2 件のフィードバック

  1. 九戸さまこんばんは。
    1話から通しで、読ませてもらいました〜。ちゃんと、感想してなかったな。と思い、(*´◒`*)途中。ニマニマしながら楽しませて頂きましたー。
    入江くんが琴子の羽根を仕舞う行為も声だけ聞いてると、めちゃくちゃエロス。
    そりゃ、あの声を他の誰にも聞かせたくないですわね。琴子が気を使って話すことは何故か機嫌が悪くなるし、
    背中に仕舞うのは、自分だけじゃないと知った入江くん、例え、家族でも、男には違いな位訳で(笑)琴子の言う、彼が気になり、老樹とわかりホッとしたのもつかの間、琴子が抱きしめてるとわかると、それすらも許せないなんて!
    心の何処か、認めたくない何か!大人である自分が、子どもに欲情な訳ないとか、思ってんのかな。
    入江くんが高校生の頃、言い争いの後に、知ってしまった、唇合わせの行為。
    琴子の方が、女の子だけあって、キス、恋とかは、本能的に、わかってそうですよね。入江くんの方は、年齢差が邪魔しているのか、、、きっとこの時は、いつでも、やめれるんでは?と軽く考えてたけど、、23歳になった、今では、この先、どうしたらと、悩ん出るんですね。
    琴子は、最初のファーストキスをスルーされて、今でも、愛情のないキスとかに傷付いてたりするのかな〜〜。
    なんて、勝手に思ってしまいました。
    退院後の更新ありがとうございました。
    無理せず、楽しんで書いてくださいね!
    続きは、ゆっくりお待ちしています。

    1. ちびぞう様

      丁寧なメッセージ有難う御座います!

      エデンはエロス込みです!エロス書きたくて書いてる(嘘?)のかもと言う位エロス表現ありますw
      アメブロだと記事がすぐに削除されてしまうので、僻地で更新決定www
      濃いエロスはFC2鍵付きになりますが、お時間ありましたら遊びに来て下さいマセ(;^_^A

      何だかんだとコトコに甘い教高神様w
      イリエくーん!愛情のないキスなんてないんだって事きがついてー!!コトコをちゃんと見たげてー!!!です。
      此処まで甘々対応して構っているのに、何故自分の気持ちに気が付かないのだろう…と、書いてて首を捻るのですが、それは九戸の入江君という事でお許し下さいマセm(__)m
      コトコはコトコで超度級の天然娘(;^ω^)原作と大違いですが、これまたお許し下さいませ。
      年の差カップルは単なる私の趣味なのですが、その事で更に教高神様は思考が凍結したりしたりしたり…
      もうしっちゃかめっちゃかなパラレルワールドで申し訳ないのですが、お付き合い宜しくお願い致します!

      訪問有難う御座いました!

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