◇エデンの光と影◇~11~

 

 

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コトコと初めて唇を重ねたあの日から、教高神イリエの中で何かが確実に変化し、それは態度となって表れていた。

以前は別棟に部屋があるコトコが 朝目が覚めると慌てて身支度をし、大理石の廊下をぱたぱたと走り抜け、翼をおさめてもらう為に教高神の部屋を慌ただしく訪問していたのだが、唇を合わせてからからというもの、教高神が朝早くにコトコの部屋のドアを叩き、まだ寝ぼけ眼の状態の身体を無理矢理起こして翼をおさめる、という流れになってしまった。
そしてそのままクタリとしているコトコを膝に抱き上げて、休む事無く唇を堪能し、神力を体内へと戻す―

教高神としては単なる流れ作業的行動だったのだが、その行為を受けているコトコは教高神とは違い、‘翼をおさめる為の不可欠な行為’としてとらえる事は出来なかった。

唇が重なり触れ合う度に、胸の鼓動はどきどきと早鐘打ったまま落ち着く事は無く、思いを告げられぬまま過ぎて行く日々に何度涙を溢れさせたかもわからない。

自分の気持ちを胸の奥に無理矢理押し込んで、納得して始めた事だったが、毎日の出来事が戸惑いでしかないコトコは、やがて声をかける事も 視線を合わせる事も止め、教高神からだんだん距離を置くようになっていた。

朝の団欒の一時も「早朝学校があるから」と言って足早に門を出て姿を消し、「居残り授業があって…」と帰宅が遅くなる事も少なくはなかった…

 

 

そんな事が何日も続いた夕食後の事、とろりとした焦げ茶色のカラメルがたっぷりかかったノリコ特製プディングを食べようと コトコがきらきらと瞳を輝かせてスプーンで掬おうとしたその時に、教高神がふいに声をかけてきた。

「コトコ、話があるんだが」

コトコは一瞬ぎくりとし顔を引きつらせたが、やがて視線を彷徨わせ、スプーンを持っていない方の手をひらひらと動かした。

「後でもいい?おばさんの作ったプリン、イリエ君も好きでしょう?食べようよ」

「……後で食べる……」

張り詰めた空気が漂う、家族全員が集まるダイニング。
コトコはごくりと喉を鳴らした後 誤魔化す様に小さく笑い、逃げる様に顔を俯かせた。

「いいから俺の部屋に来い、大事な話だ」

(絶対に断ろう、顔を上げたりしないでよそう…)
そうコトコは自分に言い聞かせるのだが、射抜かれるような眼差しを感じいてもたってもいられなくなり、暫らく迷った後、大好きなプディングを前にがっくりと肩を落とした。

「……おばさん、イリエ君とお話ししてくるので、プリンとっておいて下さい」

笑顔を張りつかせたような顔でノリコに頭を下げたコトコは、長く低い溜息を付くと足取りも重く、教高神の部屋に向かった。

教高神の自宅の書庫には、床から天井までの壁いっぱいになる作り付けの棚に、ぎっしりと本が立てられている。
本が傷んでしまうので、陽光が本棚にかからない様に設計されていて、窓は大きなガラス扉が離れた場所に一か所設置されているだけ。

テラスの近くには重厚なデスクと猫足の付いた革張りの椅子。部屋の中央には応接セットが置かれていて、出入り口となる扉の近くにもちょっとした閲覧場所があり、古風だが座り心地の良い優美な曲線を持った椅子が一脚置かれていた。
他では手に入らないような貴重な蔵書も多く、書庫は鍵が必須の場所となっている。

その書庫と二間続きで造られた教高神の部屋は、同じ屋敷だというのにどの部屋よりもシンプルなつくりの部屋だった。
余計な色の無い、真っ白な大理石の床と、同色で最小限の家具。
寝台は金の真鍮でできた天蓋付きのものではあったが、コトコの様な飾りのあるものではなく、四方に柱があるだけ。
垂らされている帳も柄は無く純白で、その帳を止めている飾具も、金の真鍮でできた飾り気のない物だった。
部屋の奥にはモザイクガラスのはめ込んである蔦の葉が彫刻されたドアがあり、決して広くはないが、教高神専用の浴室が作られていた。

書庫の応接セットに、ローテーブルを挟み無言で相向かいに座ったコトコと教高神。
二人の間にあるのはそれだけではなく、沈黙という名の重く分厚い壁。
教高神は両手両足を組んでじっとコトコへと視線を向けていたが、口を開かず顔を背ける様に横を向いている姿に腹が立ち、やがて長い脚を解き立ち上がると、回り込む様にしてその背後に立った。

「おい」

「ひゃんっ!」

教高神としては普段通り声をかけただけだというのに、その一言でソファーから飛び上がったコトコを見て眉を顰めた。
あれだけ煩く纏わりついていたコトコが、ここ最近自分を避けているような気がして、でもそれは単なる気のせいだと思っていたから。
しかし、今のコトコの反応を見るとあながち間違っていないと理解し訝しむ。
なぜ自分が避けられなくてはいけないのか、さっぱり心当たりがない。

体を起こして腕を組んだ教高神は、何か理由があるのかと頭の中で心当たりを巡らせながら、またソファーにどかりと座り込み、長い脚を組んだ。
再び舞い戻ってきた、重苦しい沈黙の壁。
教高神は思い当たる事が無く、はぁ―と深い溜息を付いた。

すっかりこの場の重たい空気にのみこまれ、緊張と動揺で背筋に冷たい汗を幾筋も伝わせているコトコは、両膝の上で両手をかたく握り合わせたり、かと思うと指を曲げ伸ばししながら、何とかこの場所から逃げ出す事が出来ないかと考えていた。
しかしその希望は、教高神のくっきりと深く刻まれた眉間のシワと、深い深い溜息を耳にした事で、呆気なく打ち砕かれてしまった。

「ここ最近、おまえ俺の事さけているだろう」

(ばれてるううぅぅ…)
教高神の一言で、コトコの心臓がぎゅっと握られているように苦しくなったが、その鼓動は耳の奥で煩く聞こえるくらいばくばくと激しく脈打ち、息苦しくて頭がくらくらしてくる。

「聞いてるのか」

「は、はひぃ……」

声が裏返り、不自然な返事しかできない。
そんなコトコを見て再び溜息を付いた教高神は、ソファーに座ったままずいっと上半身を前に倒して腕を伸ばし、コトコの小さな顎を指先で捉えた。

意思とは反対に上向かされる顎、竦む身体。
何とか外そうと首を振るが意味はなく、上向かされたその先にある教高神の切れ長の目と視線を合わせるしかなかった。
視線が合った瞬間の教高神の瞳の奥の冷たさに背筋を震わせ、これ以上は逃げられないと悟ったコトコは、もう正直に話してしまおうと覚悟を決めて、ぽそぽそと口を動かし始めた。

 
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